新型コロナウイルス感染症(COVID-19)報道で生物学・微生物学・進化遺伝学についての専門用語の使い方が不適切なことが多かったと思います。

例えば、当初は大手マスコミでも結構使われていた「変異種」は「誤用」であることが専門の学会等から指摘されました。

参考のため、日本感染症学会「【重要】変異「種」の誤用について(報道機関 各位)」を引用します。
https://www.kansensho.or.jp/modules/news/index.php?content_id=221
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「国内の報道においては、変異“種”という表現が一部報道機関で統一して用いられているようですが、これは学術的には誤用となりますので、今後は変異“株”」
「今回の新型コロナウイルス感染症では、これまでにも感染者や医療従事者に対する様々な差別が起きており、新型ウイルスが発生したかのような用語を用いることは、今後に新しい差別を引き起こす可能性もあります。
このような場合には、単なる誤“用”ではなく、誤“報”と同じ意味を持ちかねません。」「外部専門家からのご指摘を受けて検討した結果、変異ウイルスも許容範囲」
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なぜ当初は大手マスコミまでもが「変異種」と誤用したか不明ですが、「種」とは生物学的に定義された用語で、遺伝子に少し変異がある程度で「変異種」とは呼びません。
用語がおかしいとの指摘は他にもありましたがマスコミの方々にはなかなか声が届かないものです。

他にも時々見られる「オミクロン株BA.2系統」や「EX系統はオミクロン株とデルタ株の間で起きた組み換え体」なども不適切な使い方だと思います。
「株(strain)」とは微生物学用語で、継代培養によって維持される微生物、同じ個体から細胞分裂して増えた同じ遺伝子を持つ個体群のことです。
「系統(lineage)」とは系統学・進化遺伝学では進化の面からみた生物間の類縁関係を指しています(基本的には個体や株ではなくて遺伝的に類似する集団を指します)。
「オミクロン株BA.2系統」では「株」と「系統」が逆転してしまいます。
それから「組み換え体」は通常はバイオテクノロジーで人工的な環境で作られたものを指していますが、自然環境では実際にどこで何が起こったかは厳密には証明できないので「組み換えが起こったと考えられる」と推定しているだけです。「EXはオミクロン株とデルタ株の間で起きた組み換え体」は正確な表現ではありません。
用語の使い方だけでなく「~と考えられる」を「~だ」と言い切ってしまうのも問題だと思いまます。それからネットのコンテンツでウィルスの「組み換え」の用語解説に真核生物の染色体の組み換えの話が書いてあるコンテンツも見かけました。バイオテクノロジーの組み換えとは少し違う話です。

無理して不適切な専門用語を使うくらいなら「変異ウイルス」「変異型」でも解説付きで意味が解れば良いのではないかと思います。(日本感染症学会のページでも「外部専門家からのご指摘を受けて検討した結果、変異ウイルスも許容範囲」とされています。)

「新型コロナウイルスPCR検査」も略して「PCR」と呼ばれることが多いですが、本来のPCR(Polymerase chain reaction)法はDNAの目的領域を増幅させる方法で分子生物学等に用いられる方法です。従来のDNA増幅のPCR法を応用して、微生物の検出に利用する方法が開発され「PCR検査」として用いられています。PCR検査などに使われる「リアルタイムPCR法」は、特異的な塩基配列の二種類のプライマーで挟まれた領域を増幅した後プローブ(特異的なDNA配列に結合するDNA断片)等による検出を行います。増幅したDNAを電気泳動で分離してDNAシーケンサーで塩基配列を読む方法もあります。コロナウィルスのようなRNAウイルスの場合は、RNAをDNAに逆転写して増幅します(RT-PCR法)。当然、検査には適切なサンプリング・保存・前処理が必要で、人体から採取した検体であることを前提条件としています。

話の前後や状況からどちらを指していることが解ればよいのですが、場合によっては誤解やデマのもとになりかねません。例えば「PCRはウイルス検査に使えないとPCRの発明者が言った」「PCRは人体の一部を検出する」のようなデマが流れていましたが、おそらく「本来のPCR」と「PCR検査」の(意図的な?)混同があるのではないかと思います。(それに、本来のPCR法の発明者であるキャリー・マリスが実際に言ったか、仮に言ったとしてもどういう文脈の中で言ったのか不明です。)

それから検査も調査もサンプリングから始まっていることを理解してほしいです。サンプリングがでたらめだと検査結果は信用できません。PCRのみを語って検査の信頼度を評価することは不適切だと思います。人体の特定の場所から採取した検体であることを前提条件としている検査方法なので、関係ないところから採取したサンプルを検査してもでたらめな結果しか得られません。(例えば「ジュースでも反応する・・検査は信用できない」のようなデマも流れていました。)

それから用語の問題だけではないですが、「新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けを2類から5類に引き下げる」云々との報道もありましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染症法上の位置付けは「新型インフルエンザ等感染症」で「感染症法上の位置付けが2類」は間違いです。
当初は「指定感染症」扱いでしたが現在では「新型インフルエンザ等感染症」との位置づけです。「新型インフルエンザ等感染症」の枠組みの中で「5類相当」とする場合と、「新型インフルエンザ等感染症」ではなく「完全5類」とする場合では意味が違います(対策も違います)ので注意が必要だと思います。

ちなみに「新型コロナウイルス感染症」は”COVID-19″、病原ウイルスの「新型コロナウイルス」は”SARS-CoV-2″(SARSコロナウイルス2)と名付けられています。
略して「新型コロナ」、もっと略して「コロナ」と呼ぶことが多いですが、個人の会話やブログ程度なら話の前後から解るかもしれませんが、公式なマスコミ報道やコンテンツでは報道の正確さが必要なので正式な名称を使ってほしいと思います。
コロナウイルスには従来のヒトコロナウイルス(HCoV)やその他の動物に感染するコロナウイルスなど様々ですし、人に感染しない新型のコロナウイルスが存在する可能性もあるのです。(人に感染しない微生物・環境微生物を研究していると新型も新種もたくさんありますので。)

よくSNSなどで「ググれば解る」「ネットで調べれば解るのに」「情弱」とか言っている人も見かけますが、ネットではデマや誤報も多いですし、検索して出てきた結果を簡単に鵜呑みにしないで情報の信頼性について充分な検討が必要だと思います。逆に「マスコミは信用できない」と言ってコロナ陰謀説などのような根拠のないことを唱える人々もいますが、他人を否定すれば自分を正当化できるわけでもないでしょう。

個人の会話やブログなどで言葉を省略する場合は話の前後や文脈から解れば良いのかもしれませんが、公的な報道機関での一般的に馴染みのない専門用語の不意適切な使用は誤解やデマのもとになりかねないので注意が必要だと思います。

 

(2022/05/05 文責 Shin Onda ※この文章は Shin Onda 個人の見解に基づいて書かれたものです。)

 

参考URL:
日本感染症学会
https://www.kansensho.or.jp/modules/news/index.php?content_id=221
リアルタイムRT-PCR(RT-qPCR)
https://catalog.takara-bio.co.jp/flowchart/flowchart.php?id=M100005564|M100005406
感染症法における分類一覧
https://www.city.kyoto.lg.jp/hokenfukushi/cmsfiles/contents/0000238/238358/2bunnrui.pdf